御厨河岸の札差、野口屋の帳場の裏部屋は、四畳半の狭さで、中庭からの陽射しが柔らかく障子に差し込む。
廊下の両脇には交渉用の小部屋が並び、客が互いに顔を会わせないで済むように、廊下の片側だけに部屋が並んでいる。
二階は大名旗本の御側用人や、勘定方、調度も下よりは凝っていれば、出される茶の葉も違うのだ。
惣一郎が裏部屋の壁に凭れて、京伝の草紙本を読んでいると、がらりと唐紙を開けてお蓮がずかずかと入ってきた。
おい惣六、今日もひまそうだなぁ。
お蓮さんか、何も無い事は良き事でござるよ。惣一郎は本を置くと大きく伸びをした。
おまえ、おとっつぁんが婿の話をしたら、考えさせてくれって言ったそうだなっ。
はぁ、拙者にも思うところがございましてな。
あんお蓮ちゃん、あらっ、そちらさんは噂のお方ねっ。
つるりとした色白の顔立ちで、小紋あられの着物に黒い羽織、大店の若旦那らしく細い髷も斜めに決めて洒落ている。